家電量販店で、気づいたら予算の3倍の商品を買っていた。
そんな経験はないでしょうか。しかも、買ったあとに後悔していない。むしろ、納得している。
その背景にあるのが、承諾心理の「権威」です。
今回は、承諾心理シリーズの5回目として、若手営業が今日から「専門家として見られる」方法をお伝えします。
承諾心理シリーズについて
このシリーズでは、ロバート・チャルディーニの『影響力の武器』で紹介されている、人が「はい」と言いたくなる心理を、営業の現場に落とし込んで解説しています。
- 返報性
- コミットメントと一貫性
- 社会的証明
- 好意
- 権威(今回)
- 希少性
(最近の版では「一体感」が加わり、7つの原則として紹介されています)
権威とは
私たちは、なぜか「その道の専門家」の言葉に弱いものです。
見ず知らずの人であっても、専門家(プロ)の言葉を信じてしまう傾向があります。
普段の生活でも、「何かに詳しい人」を信じた経験があるのではないでしょうか。
実験でも確かめられている
この傾向を示す、有名な実験があります。ミルグラムの服従実験(1963年)です。
白衣を着た実験者の指示を受けて、参加者が別の人に電気ショックを与える、という設定の実験でした(実際には電流は流れておらず、受ける側は演技でした)。基本の条件では、参加者の約65%が、最大の電圧まで指示に従ったと報告されています。
「権威のある人の指示」が、人の行動をどれほど動かすかを示した研究です。ただし、極端な状況での実験であり、営業にそのまま当てはめるものではありません。権威の力は強い。だからこそ、誠実に使う必要がある、と受け止めてください。

私が権威に動かされた2つの経験
① 電動歯ブラシの経験
家電量販店で、電動歯ブラシを買おうとしたときのことです。
いろいろな種類があって選べず、詳しい人の説明を聞きたくて、店員さんを呼びました。
いくつか説明を聞くうちに、「この人は詳しいな」と感じました。
そして、つい聞いてしまったのです。
「店員さんの一番のおすすめは、どれですか?」
結果として、当初の予定の3倍の価格の電動歯ブラシを買いました。
予算オーバーでしたが、詳しい人のおすすめなら間違いないと思ったからです。
② 店長が「限界」と言った経験
金額を交渉したときのことです。店員さんが店長さんを呼んできて、こう言われました。
「これが目いっぱいの値引きです」
店長さんが言うなら、これが限界なのだろう、と信じました。
肩書きのある人の言葉は、それだけで重みが増します。
営業での使い方:「たった1つの商品」で専門家になる
若手の営業は、経験が少ないため、いきなり専門家にはなれません。ただ、道はあります。
たった1つの商品でいいので、誰よりも詳しく知っている商品をつくることです。
たった1つの商品を深く知っているだけで、お客様はあなたを信用し始めます。
そして、その信用は、他の商品の提案にも広がります。「この人が言うなら」と、他の話も、信用感をもって聞いてくれるようになります。
「詳しい」とはどういう状態か
- 仕様だけでなく、使う人の困りごとまで説明できる
- 他社製品との違いを、事実で説明できる
- お客様の質問に、調べ直さず答えられる
- 弱点も、正直に説明できる
責任者・専門家に同行してもらう
もう一つ、すぐに使える方法があります。
ここぞという商談には、その道のスペシャリストや責任者に同行してもらうことです。
専門家の言葉、責任者の肩書きは、お客様の安心感を一段引き上げます。
同行してもらうときのコツは、次の3つです。
- 事前に情報を共有する:お客様の課題、前回までの経緯、商談のゴールを伝えておく
- 紹介の仕方を決めておく:「弊社で〇〇に最も詳しい、△△です」と、専門性が伝わる紹介をする
- 同行者に任せきりにしない:自分が窓口であることは変えず、役割を分担する
使うときに気をつけたいこと
権威は、強い力を持つぶん、使い方を間違えると信頼を失います。
- 知ったかぶりをしない:分からないことは、分からないと言い、調べて回答する
- 肩書きを偽らない:実績や資格を、実際より大きく見せない
- 「限界」の演出に嘘を混ぜない:「店長が出てきて、これが限界」と見せながら、実際にはまだ余地がある、という使い方は避ける。本当に限界のときだけ使う
- 相手の利益に反することは、勧めない:専門家として信じられるほど、責任も重くなる
今週やってみてほしいこと
- 「誰よりも詳しい商品」を1つ決める:自分が一番説明しやすい、または好きな商品でかまいません
- その商品について、お客様に聞かれそうな質問を10個書き出し、答えを用意する
- ここぞという商談を1件選び、上司や専門部署の人に同行を依頼する
まとめ
- 権威とは、専門家の言葉を信じてしまう心理
- 若手でも、「1つの商品を誰よりも詳しく知る」ことで専門家になれる
- 専門家としての信用は、他の商品の提案にも広がる
- ここぞという商談には、専門家・責任者に同行してもらう
- 知ったかぶりや肩書きの偽り、「限界」の嘘は避ける
「専門家として見られる力」を、チームの力にする
ここまで読んで、「自分には詳しい商品がない」「同行をお願いしにくい」と感じた方もいるかもしれません。
専門性は、知識を詰め込むだけでは信用になりません。
お客様に伝わる形で、商談の中で示せる必要があります。
同行も、依頼の仕方と事前共有がなければ、効果は半減します。
弊社では、管理職向けには、部下に「誰よりも詳しい商品」をつくらせる育成の進め方と、同行を効果的に活用する方法を、若手向けには、1つの商品を軸に専門家として信頼される商談の進め方を、それぞれ研修として用意しています。
「うちの若手は、お客様から専門家として見られていない」
心当たりがあれば、問い合わせよりご連絡ください。
現状をうかがった上で、どこから手を入れると一番早く変わるか、一緒に整理します。
参考文献
- ロバート・B・チャルディーニ『影響力の武器』(誠信書房)
- Milgram, S. (1963). Behavioral study of obedience. Journal of Abnormal and Social Psychology, 67(4), 371-378.