今週から6回にわたって、「承諾心理」を学んでいきます。
アメリカの社会心理学者ロバート・B・チャルディーニは、人が他者からの要請を受け入れてしまう心理的な仕組みを長年研究し、それを「影響力の武器」と名付けました。
承諾を引き出す6つの心理
中でも、承諾を引き出すうえで特に有効とされているのが、次の6つの心理です。
- 返報性
- 一貫性
- 社会的証明
- 好意
- 権威
- 希少性
(※近年は、7つ目として「一体感」が加えられることもあります。本シリーズでは、この6つを順に取り上げます)
私たちは日常の中で、無意識のうちに、こうした原則に基づいて判断している場面が多くあります。まず今週は、6つの中の1つ目、「返報性」です。

返報性とは、「お返しをしたくなる心理」
返報性とは、一言で言えば、何かをしてもらったとき、無意識にお返しがしたくなる心理です。
スーパーの試食や、無料の試供品の配布が分かりやすい例です。試食を食べたあと、「何も買わずに立ち去るのは、なんとなく気が引ける」と感じた経験は、誰にでもあるのではないでしょうか。
実験でも確かめられている返報性の力
この心理は、実験でも確かめられています。
心理学者デニス・リーガンが1971年に行った実験では、参加者に、実験の途中で「相手(実は協力者)がコーラを買ってきてくれる」という、ちょっとした親切を受けるグループと、受けないグループを作りました。その後、協力者が「くじ付きチケットを買ってもらえませんか」と頼んだところ、事前に親切を受けたグループの方が、より多くのチケットを買ったと報告されています。
たった1本のコーラ程度の小さな親切でも、人は「お返ししなければ」という気持ちを抱く、ということです。
営業における返報性の使い方
では、私たち営業パーソンは、この返報性をどのように使えるのでしょうか。
試食や試供品のようにモノを渡す方法もありますが、商談の場では、「関心を向けること」「受け入れること」そのものを、先に相手に差し出すことができます。
① 質問から入る
商談のスタートは、事前に調べてきた顧客情報の確認や、最近のトレンド(たとえばインボイス制度など)についての質問から入ります。いきなり自社の話をするのではなく、まず相手の話を聞く側に回ります。
② 相槌と共感を、繰り返す
お客様の回答に対して、相槌と共感を重ねていきます。具体的には、次のような反応です。
- お客様が話している間は、常にうなずく
- 「ええ、ええ」
- 「そうなんですね!」
- 「そういうことだったんですね!」
- 「大変勉強になります」
- 「私も同感です」
- お客様がおっしゃった内容を、そのままオウム返しする
大切なのは、相手の話に本当に関心を持ち、まずは受け入れる姿勢です。
③ 「お返し」を狙う
この一連の動作を戦略的に仕込んでおくと、自分(営業)の話に対しても、お客様が関心を持ち、受け入れ、共感してくれる、という「お返し」が返ってきやすくなります。
つまり、自分がしてほしいことを、先に相手にしてあげる。それが、結果的にお返しという形で、自分に戻ってくるということです。
私の場合:最初の20分は、返報性に徹する
私自身、商談のスタートから最初の20分間は、この返報性を仕込むことに徹しています。
そして、商談開始から45分ほど経ったところで、こう切り出します。
「では、次回ご提案させていただいてもよろしいでしょうか」
この要求を、自然な流れで受け入れていただけることが、多くあります。
(※これはあくまで私自身の経験です。商談の長さや相手によって、時間配分は調整してください。)
使うときの注意点:「テクニック」で終わらせない
返報性は強力な心理ですが、使い方には注意が必要です。
「お返しをもらうために、聞いているふりをする」という姿勢は、相手に見抜かれます。関心が伴っていない相槌は、かえって不信感につながります。
仕込むのは「演技」ではなく、相手の話を本当に知りたいという姿勢です。その姿勢を、相槌や質問という形で、はっきり相手に見せる。この順番を間違えないことが大切です。
今週やってみてほしいこと
- 商談の最初の10〜20分は、提案の話を一切せず、質問と傾聴に徹する
- 相手の言葉を、1つ以上オウム返しして確認する
- 提案の切り出しは、「ご提案させていただいてもよろしいでしょうか」と、許可を取る形にする
まとめ
返報性は、「してもらったことに、お返しをしたくなる」という、人間に備わった自然な心理です。
商談では、モノの代わりに、関心・共感・受容を先に差し出す。そこで生まれた「お返ししたい」という気持ちが、後半の提案を受け入れてもらう土台になります。
今週は、ぜひ「返報性」を意識して、商談に臨んでみてください。必ず、手応えの違いを実感していただけるはずです。
弊社では、若手営業向けに、商談の冒頭で信頼を築く傾聴・質問の型を実践形式で身につける研修を、管理職向けにはチーム全体の商談設計を見直す研修を、それぞれお渡ししています。
「商談の冒頭で、うまく関係をつくれない若手が多い」
心当たりがあれば、DMで一言ください。現状をうかがった上で、どこから手を入れると一番早く変わるか、一緒に整理します。
参考文献 ・ロバート・B・チャルディーニ『影響力の武器』(誠信書房) ・Regan, D. T. (1971). “Effects of a favor and liking on compliance.” Journal of Experimental Social Psychology, 7(6), 627-639.